精神疾患のお薬を服用しながら運転はできる?お薬に頼らない治療法も紹介
- 「車がないと会社に通勤できない」
- 「仕事で車を運転する必要がある」
- 「生活するうえで、車がないと困る」
日常生活の中で、車の運転が必須になっている方もいるでしょう。
それは、精神疾患の治療をしている患者さんも同じです。お薬の服用中であっても、車がないと生活が成り立たない方もいらっしゃいます。
ただ、「お薬の服用が、運転に影響しないだろうか……」と、服薬中の運転に不安を抱えている方がいることも事実です。
今回は、精神疾患のお薬を飲みながら運転できるのか、精神疾患と法律の関わり、またお薬を用いない治療法についても、詳しく解説します。
目次
精神疾患と運転免許、法律上の取り決めは?
はじめに、精神疾患を抱えながらの運転は、法律上どう扱われているのか? という点について解説します。
時代とともに変化してきた、精神疾患と免許の関わり
精神疾患を抱える患者さまの運転については、さまざまな意見が飛び交い、道路交通法が定められた当初から現在まで、時代とともに変化しています。
昔は、てんかんや統合失調症などの病名がついた際は、症状が安定していても免許取得は認められませんでした。
精神疾患に対して現在よりも偏見が強かった時代では、「精神疾患=治らない病気」とされて、運転は難しいと考えられていたのでしょう。
しかしながら、「運転を支障なく行える身体能力・知的能力が備わっているかは、運転免許試験で確認することが基本」「運転に支障がないほどに、精神疾患の症状が回復する可能性は十分にある」と考えられ、平成13年に道路交通法が改正されました。
改正後は、てんかんや統合失調症などであっても、症状が安定して運転に支障がないと判断されれば、免許が取得できるようになったのです。
免許取得の際は、病気の申告が必要
平成13年の道路交通法の改正で、症状が安定していると判断された場合は、免許取得が可能になりました。
ただ、それと同時に、免許取得時に病気の申告が必要になりました。
免許申請時に、簡単なチェック式の病気に対する質問表があります。
こちらに病気がある欄にチェックをいれると、主治医から病状が安定していて免許取得が可能である旨の診断書の提出が求められます。
「手続きがややこしくなりそうだから、病名を隠して免許を取ろう」と考える方も少なくなく、あくまで自己責任となります。
そして道路交通法は、平成26年に再度の改正がありました。
改正後の道路交通法には、申告が必要な病気を伏せて免許を取得、または更新した場合、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられると定められています。
症状がコントロールできていれば、病名がついていても運転免許を取得することは可能です。
病気のことが判明してしまう可能性は極めて低いですが、安心して免許を取得するためには診断書が必要となります。書式も決められていますので、運転免許センターでいただく必要があります。
免許取得で、特別な手続きが必要な病気は?
運転免許の取得で、手続きが必要になる可能性のある病気に関しては、具体的な病名が『道路交通法施行令』第33のニの三に規定されています。
- 統合失調症
- てんかん
- 再発性の失神
- 無自覚性の低血糖症
- そううつ病
- 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害
- その他自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する病気
規定だけ見ると難しく感じますが、精神疾患に関わる部分でざっくりとまとめると、「統合失調症やそううつ病であっても、安全に運転ができる状態であれば、免許取得を拒否はしませんよ」ということです。
反対に、上記の病名がついていない場合でも、以下の状態がみられる場合は申告が必要になります。
- 過去5年以内において、病気や治療を原因として、又は原因は明らかでないが、意識を失ったことがある。
- 過去5年以内において、病気を原因として、身体の全部又は一部が思い通りに動かせなくなったことがある。
- 過去5年以内において、十分な睡眠時間を取っているにもかかわらず、日中活動している最中に眠り込んでしまった回数が週3回以上になったことがある。
- 過去1年以内において、「飲酒を繰り返し、絶えず体にアルコールが入っている状態が3日以上続いたことが3回以上ある」
- 「病気の治療のため、医師から飲酒を止めるよう指導を受けているにもかかわらず、飲酒したことが3回以上ある」のいずれかに該当したことがある。
- 病気を理由に医師から、運転免許の取得又は運転を控えるように助言を受けている
医師の診断書は必要? 免許が取得できない可能性は?
診断書が必要か、適性審査の対象になるかは、最終的には免許センター(公安委員会)が決定します。
しかしながら多くの場合、病状の判断は主治医しか行えないことから、「主治医の診断書」の提出をもって認められることがほとんどです。
そして主治医が「免許取得が適切でない」と判断するのは、よっぽどの理由がる場合だけです。ですから、過度に不安に思わないでください。
免許センターに決定権がある以上、「自分は免許を取得できる状態か?」「取得できる可能性がある場合は、診断書は必要か?」「適性審査も受けたほうがいいか?」など、ご自身で考えても判断が難しいと思います。
疑問点がある場合は、病気に関することは主治医に、免許取得の流れなどは免許センターに確認するといいでしょう。
精神疾患のお薬が、運転に与える影響
現在の法律では、症状がコントロールできていれば、精神疾患を抱えている方でも運転が認められています。
では、運転を避けるべき状態とは、どのようなものなのでしょうか。また、お薬が運転に与える影響は、なにがあるのでしょうか?
お薬を飲んでいる状態の運転、法律上の罰則は?
現在の法律(正式名称:自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)では、お薬や病気の症状で「運転に支障がある」と判断される状態で事故を起こした場合、『自動車運転死傷処罰法』により厳罰が適応されます。
- 死亡事故:懲役15年以下
- 傷害事件:懲役12年以下
『自動車運転死傷処罰法』の適用になる状態は、以下のように定められています。
- アルコール又は薬物(処方薬含む)の影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態
- 統合失調症やそううつ病など、政令で定める一定の病気の影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態
「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは?
では、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、どのような状態なのでしょうか。
「お薬の副作用でフラフラする」「眠気が強く、集中力が保てない」など、わかりやすい症状が出ている場合は、運転を避ける選択も迷わずできるのではないかと思います。
ただ、副作用には個人差があり、同じお薬を服用していても副作用が出ない方、少ない方、強く出る方がいます。
今の自分が運転できる状態か、判断が難しいと感じる場合もあるでしょう。
現実的には、お薬の副作用で運転能力が低下したことが原因の事故に対して、危険運転致死傷罪が適応されたことは、これまで聞いたことがありません。
ただ厳格にみると、眠気やふらつきの副作用の可能性があり、添付文書で「運転禁止」とされているお薬を飲む限りは、運転してはいけないことになっているのです。
現在の法律では、副作用の程度によって「この場合は運転してもよい、わるい」と細かく分類されていません。
「運転禁止」と「運転注意」
「結局、精神疾患のお薬を飲んでいたら、運転はできないの?」と理不尽に思う方もいるでしょう。
医師としても、症状がコントロールできているにもかかわらず、運転禁止とされているお薬を飲んでいるだけで運転を制限されることに関しては、憤りを感じています。
日本の精神科医が所属する学会『日本精神神経学会』も、お薬を用いた治療をしていることで運転を禁止される法律には、一貫して反対の姿勢を示してきました。
そんなさまざまな世論や専門機関の反対を受けて、厚生労働省は平成28年、それまで「服薬中は運転を禁止する」としてきた抗うつ剤を中心としたお薬に対して、「服薬中は運転を十分注意する」と添付文書の改訂を指示しました。
まだまだ「禁止」のままのお薬もありますが、今後「注意」に切り替わるお薬が増えてくると、医師としても期待しています。
また、治療にお薬が必要、かつ患者さまの日常生活に運転が必須とわかっているにもかかわらず、画一的に運転禁止とする医師は少ないと思います。
お薬に慣れて回復期に向かっている患者さまから運転の要望があった際は、おそらく「自己責任で」とする医師が多いのではないでしょうか。
医師の口から「自己責任」の言葉が出てくることを、無責任だと感じる方もいるかもしれません。
ただ、症状をお薬で安定させつつ、患者さまの日常生活がなるべく不便にならないように配慮すると、現状はそのように対応するのが精一杯なのです。
医師が運転を止めるケース
症状が安定している場合は、むやみに運転を制限する医師は少ないはずですが、患者さまの状態によっては運転を避けるよう助言するケースもあります。
- お薬を飲み始めたばかりで、副作用の出現が多い
- 病気の症状が強まっている、急性期の患者さま
上記に当てはまる場合は、運転に危険が伴う可能性が高いのです。
その場合は状態が安定するまでは、運転を控えるように言われることもあるでしょう。
実際のところ、お薬の影響はあるの?
もちろん個人差はありますが、精神科や心療内科で用いられるお薬を飲むことで、副作用を感じる方もいます。
精神疾患の治療薬の多くは、気持ちを安定させる作用が中心です。
そのため、眠気が強くなる、ぼーっとする、集中力がなくなるなどの副作用が出る可能性はゼロとは言えません。
眠気以外にも、吐き気やめまいを感じる方もいます。
例えば「うつ病」といったひとつの病気に対しても、それに用いられるお薬の種類はひとつではありません。
あまり知られていませんが、正式な適応となっていない病気に対しても、お薬の効果が期待されて使われることは、心の病気の治療では多いです。
ガイドラインには推薦されているようなお薬でも、プロセスを経て承認を得るには時間とお金がかかるので、「適応外使用」となってしまっているのが実情です。
お薬を服薬中の運転で、意識したいこと
ここからは、実際に服薬中の運転で意識したいこと、運転と上手に付き合っていく考え方をお伝えします。
自分に合った工夫を取り入れる
精神疾患の治療を進めながら、日常生活で必要な運転を安全に行うために、自分にあった工夫をいくつか取り入れることをおすすめします。
- 運転時間を短くする
- 運転の頻度を少なくする
- 走り慣れた道を選ぶ
- 高速道路は避ける
- 信頼できる人に同乗してもらう
- 薬の服薬リズムを変えるときは、事前に医師に相談する
- 運転中に調子が悪いと感じたら、すぐに車を止めて様子を見る
- 調子が悪くなったときの相談先や連絡先を、携帯電話の電話帳に登録しておく
「運転するから、今日は薬を飲まないようにしよう」と自己判断で服薬をストップしてしまうと、服薬リズムが崩れて余計に調子が悪くなる可能性があります。
服薬リズムやタイミングを変更したい場合は、必ず事前に主治医に相談するようにしましょう。
長期的に、安全に「運転」と付き合うために
「調子があまりよくないけど、ちょっとそこまで運転するだけだから……」「はじめて飲む薬だけど、大丈夫だろうから運転しよう」と考えると、結果的に事故を起こしてしまう可能性もあります。
日常生活で車が必要な患者さまがいることは、医師としても理解しています。だからといって、状態が悪い時期の運転を黙認もできません。
運転が難しいと判断した場合は、医師が任意で公安委員会に病状を届け出ることもできます。
ご自身の日々の状態を確認しながら、もし不調を感じる場合は、その日の運転は控えるようにしましょう。
お薬を用いない精神疾患の治療法
「薬の副作用が強く、運転に支障が出る」「運転中の不安を取り除きたい」など、お薬を飲まずに精神疾患の治療を進めたい方もいるでしょう。
精神疾患の治療は、基本的には休息と薬物治療が軸となります。
ただ、お薬を飲むことが難しい方については、お薬に頼らないTMS治療も選択肢となります。治療効果が認めない場合は、m-ECT治療を行う場合もあります。
rTMS療法(反復経頭蓋磁気刺激療法)
TMS治療とは、磁気刺激を上手く利用して脳の特定部位を刺激する方法です。
脳の一部を刺激するため、その他の部分に影響が起きにくく、治療の副作用が少ないことが特徴です。
お薬のように眠気などを引き起こさないため、運転に対しては制限のかからない治療法となります。
ですから仕事で運転をされている方や工事現場などの危険作業をする方が、お薬を用いないTMS治療を選択することもあります。
日本では2019年6月に保険適用が認められましたが、保険の適応条件が厳しく、2021年6月現在でTMS治療を受けるには多くが自費診療となっています。
TMS治療の医療機関を選ぶポイントについては、こちらでさらに詳しく解説しています。
m-ECT療法(修正型電気けいれん療法)
m-ECT療法とは、脳に数秒間の電気刺激を与えて、人工的なけいれんを誘発する方法です。
名前に「けいれん」がつくため怖いイメージをお持ちの方もいるかと思いますが、実は安全性が高く、治療効果も優れています。
治療には入院が必要な場合もありますが、医療機関によっては外来で受けることも可能です。
ただ安全性が高いといっても治療負担はTMS治療よりも大きく、一般的には副作用を抑えるために全身麻酔薬と筋弛緩薬を使っていきます。
副作用としては健忘が認められることが多く、術後はしばらく安静にする必要があります。
症状が強く緊急性が高い方、薬物治療の効果が乏しい方などに、最後の切り札として選ばれている治療法です。
「精神疾患」と「運転」についてのまとめ
この記事では、精神疾患の治療でお薬を飲みながら、運転できるのか? という点について、詳しく解説しました。この記事のポイントを、以下にまとめます。
- 昔は、精神疾患の病名がついた時点で、運転免許の取得はできなかった
- 2021年6月現在では、精神疾患を抱えている方でも、症状がコントロールできている場合は運転免許の取得、更新が認められている
- 薬の副作用には個人差があるが、服薬することで運転に支障が出る可能性はある
- 病気の症状が強い、または薬の副作用が出ている状態で運転すると、法律で罰せられる可能性がある
- 安全に運転できないと感じる場合は、無理せずに運転を避ける
- 日常的に運転する必要があり、薬の副作用が強く出てしまう方は、薬を用いないTMS治療やm-ECT療法を検討するのもいい
当院では、お薬を用いないTMS治療を、治療の選択肢のひとつとしてご提案しています。もちろん、お薬を用いた治療のご相談も可能です。
なにか困りごとを抱えている方は、ぜひご相談ください。
TMS治療をご検討の方へ
安心してTMS治療を受けるためには、信頼できる医療機関を選びがとても大切です。
「心の診療経験が十分か」「治療費は適切か」「信頼性の高い機器を使用しているか」など、確認できるポイントを医療機関のホームページなどでチェックするといいでしょう。
また、無理なく治療を継続するためには、自宅からの通いやすさも重要です。
当院は「神奈川TMSルーム」と「みなと東京院」の2クリニックで診療しており、首都圏からアクセス良好です。TMS治療をお考えの方は、ぜひご検討ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年6月19日
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