HSPにTMS治療は有効?
近年、認知度が高まっている「HSP」。
書籍やテレビなどで取り上げられる機会が増え、最近ではインターネット上でのHSP診断も広まりつつあります。
「自分は繊細だから、HSPである」とご自身で判断する方も増えている印象で、HSPブームといっても過言ではありません
自分が感じていた生きづらさに名前がつくことで、救われた気持ちになる方もいるでしょう。
ですが、HSPの名前だけが独り歩きして、「繊細な人=HSPである」「HSPは病気である」といった認識の誤りが出てきていることも事実です。
今回は、「HSPとはなにか」「治療は可能か」など、HSPについて治療の観点からお伝えしていきます。
目次
環境感受性について
HSPの前に、環境感受性(かんきょうかんじゅせい)について解説させてください。
環境感受性とは、周囲の環境から受け取る情報の受け取り方、また処理の個人差をさします。
「感受性が高いね」など、会話の中で聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
仮にまったく同じ環境で過ごしたとしても、ある人は敏感に気持ちが揺れ動き、ある人は気持ちにあまり変化がないかもしれません。
情報の受け取り方は、人によってさまざまなのです。
感受性の程度は、生まれたときから決まっていると思われがちですが、すべてが遺伝的に決まるわけではありません。
遺伝的に受け継ぐ感受性に加えて、幼少期の環境によって環境感受性は形成されます。
つまり、生まれ持った感受性遺伝子、そして育ってきた環境によって、さまざまな情報に対する処理の仕方に個人差が生まれるのです。
ですから親から子への直接の遺伝というわけではなく、その親の元で育ったという遺伝と環境との相互作用の方が影響は大きく、友達や上下関係など社会生活の影響もうけながら形成されていきます。
HSPとは何か?
HSP(エイチエスピー)とは、「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」の頭文字を取ったもので、「非常に繊細で敏感な人」をさした言葉です。
つまり、「環境感受性が非常に高い人」と言えるでしょう。
HSPは心理学的概念で、米国の心理学者であるエレイン・N・アーロン博士が1996年に提唱しました。
エレイン氏が提唱した概念によると、地球上の人口の15~20%、つまり約5人に1人はHSPであると考えられています。
HSPの4つの特性(DOES)
エレイン氏が提唱したHSPには、4つの気質的な特性があります。この特性はそれぞれの頭文字をとって、「DOES(ダズ)」と呼ばれています。
D:物事を深く考える(Depth of Processing)
- 周りが気にしないことでも、深く考えを巡らせる
- 調べ物を始めると、とことん追及しないと気が済まない
O:刺激を受けやすい(Overstimulation)
- 人混みや大きな音、光が苦手
- 些細なことで過剰なほど驚く
E:共感しやすい(Emotional response and empathy)
- 怒られている人を見ると、自分まで怒られているように感じる
- ニュースを自分事に捉えすぎて、感情を激しく揺さぶられてしまう
S:些細なことに敏感に気づく(Sensitivity to Subtleties)
- 冷蔵庫の稼働音や時計の針の音など、小さな音に敏感
- 服のタグやチクチクした繊維が気になって落ち着かない
HSPは悪いもの?
近年の日本でのHSPの取り上げ方は、「HSP=悪いもの」として扱われることが多い印象です。
確かに、感受性が高いことで、自分を取り巻く環境からさまざまな影響を受ける可能性はあるかもしれません。
ただ、「生きづらさ」を表すラベルとしてHSPを使うべきではありません。
あくまで、「環境から影響を受けやすい人」にすぎず、それを良い方向に生かしている方もいます。
エレイン氏が提唱するHSPの特性に自分が当てはまるとしても、「自分は生きづらい人間なんだ」と考えすぎる必要はありません。
「良くも悪くも環境からの影響を受けやすい」ということであって、良い環境であれば好ましい影響をうけやすいですし、悪い環境では望ましくない影響を受けやすいのです
その振れ幅が大きいので、時として生きづらさにつながってしまうのです。
インターネット上のHSP診断には注意
GoogleやYahooで「HSP」で検索すると、インターネット上には現在たくさんの診断サイトが表示されています。
こういったサイトで自分がHSPか調べる方も多い印象ですが、インターネット上のHSP診断で使用されている質問項目は、かなり独自性のあるものが多いです。
そもそも、環境感受性の高い低いはグラデーションであり、「この数値より上の人はHSPである」と基準が設けられているわけではありません。
仮にサイトでHSPの可能性が高いと診断されたとしても、根拠が乏しいと言わざるを得ないでしょう。
HSPという言葉は商業的に利用されていることも多く、TMS治療の世界でも同様です。
後述しますが、HSPの改善目的でTMS治療を行っても効果は期待しづらく、特に気質的な要因が強い場合はTMS治療よりも心理療法が適切といえるでしょう。
このように、HSPという診断名から不必要な治療に誘導するケースもありますので、「HSP専門」「HSP専門外来」「HSP専門カウンセリング」といった表現にはご注意ください。
こういったサイトは一見まともそうに見えても、専門家からみたら無茶苦茶な内容であったりします。
HSPは病気?
結論からいうと、HSPは病気ではありません。
あくまでも環境に影響を受けやすい人をさして使われる言葉であり、病気の診断としてHSPがつくことはありません。
極端に言えば、「怒りやすい人」と同じような次元になるので、診断という概念としては範囲が広くて適切ではないのです。
医療機関によっては、HSPであるために生じたうつ症状を「HSPうつ」や「ブレインフォグ」といった造語を用いて、TMS治療(磁気刺激療法)を勧めるところも存在します。
このように、「HSPをTMS治療で治す」ということは断言できるものではなく、「病状の評価によってTMS治療が選択肢のひとつになるかもしれない」ということにすぎません。
あくまでその症状が、治療選択肢としてTMS治療が適切かどうかを検討していくべきです。
HSPとの付き合い方
「HSPは病気ではない」と知ったとしても、「病気ではないなら、もう平気だ」とは思えないかもしれません。
社会の多くは、大多数の人に合わせて構築されています。
「多くの人が問題なくこなしていることを、自分はできない」「周りはまったく気にしていないのに、自分だけが気になってしまう」といった状況は、いわば少数派であり、「自分の気持ちは誰にもわかってもらえない」と苦しむこともあるはずです。
大切なことは、自分の感受性と、どう付き合っていくか?という点です。
環境から受ける影響が苦しいと感じる場合は、苦しみを少しでも和らげる工夫をぜひ取り入れてみてください。
- 自分と周りの境界を保つようにする
- 無理なく休みをとるようにする
といったことを意識すると、付き合いやすくなっていきます。
以下で、取り入れやすい工夫の一部をご紹介します。ぜひ参考にしてみてください。
「周囲の音が気になって集中できない」
- イヤホンで好きな音楽を聴く
- 耳栓をして外部の音をシャットアウトする
「視覚に入る情報が気になって落ち着かない」
- 眠るときはアイマスクをして視界を遮断する
- あえて度の合わないメガネをかける
「他人の感情に共感しすぎてしまう」
- 報道番組、ネットニュースから距離を置く
- 他人と自分の間に境界線を引き、自分軸で物事を考える
- 共感した相手がいる空間から一時的に離れて、相手の感情に飲まれないようにする
病気としてのHSPとTMS治療
HSPは「環境感受性が高い」ことを意味していますが、人間の社会においては対人関係において困難さを感じることが多いです。
このように「対人関係での不安」というシンプルなものであれば、社交不安障害という不安障害か、うつ病などの気分の影響を考えていきます。
また心的外傷後ストレス障害(PTSD)のように、万人が処理できないようなトラウマ体験によって、過覚醒症状として感覚過敏が認められることもあります。
自閉症スペクトラム障害でも、感覚過敏が症状の一つとして認められることがあります。
「対人過敏性の高さ」ということであれば、ADHDの感情調節障害や非定型うつ病での拒絶過敏性、見捨てられ不安などの境界性パーソナリティの心性などを考えていきます。
これらの場合は、それぞれの病気に応じた治療を行っていく必要があります。
TMS治療は有効?
それではTMS治療は、HSPに効果が期待できるのでしょうか?
TMS治療での効果が期待できるのは、あくまでうつや不安といった状態の改善になります。
TMS治療によって状態を安定させることに意味はありますが、本質的に行う価値があるかは個人差も大きく、専門家に相談いただいたほうが良いかと思います。
専門家が診察し抗うつ剤を使ったほうが良い状態であれば、TMS治療も検討できるかもしれません。
しかしながら本来のHSPとしての特性は、心理療法によって時間をかけて向き合っていくべき課題になります。
お薬やTMS治療はそのためのサポートとなることが多く、心理療法も特別な方法があるわけではありません。
HSPは上述させていただいた通り、それを入り口としてTMS治療であったり、我流のカウンセリングに誘導するケースもあります。
カウンセリングについても、臨床心理士、少なくとも国家資格である公認心理師をもっているカウンセラーにご相談いただいたほうが良いかと思います。
まずはHSP専門といったところではなく、一般的な精神科医の診察を受けて自身の状態と特性を理解したうえで、HSPが生きづらさとなっているならばスタンダートな治療を検討ください。
HSPについてのまとめ
今回は、HSPについて詳しくご説明しました。
HSPとは環境感受性が高いことを表し、周囲の環境からさまざまな影響を受けやすい人です。
遺伝的に受け継ぐ感受性遺伝子に加えて、幼少期の環境によって環境感受性は形成されます。
環境感受性を「高い」「低い」と定める基準は設けられておらず、インターネット上のHSP診断にもエビデンスはありません。
信頼性の低い診断でHSPであるかを自己判断するのは、あまりおすすめできません。
また、HSS型や内向型・外向型といったように、占いのようにタイプに分けていたりすることもありますが、分類する意義も少ないかと思われます。
自分を取り巻く環境から影響を受けやすいことで、ストレスや感情の変化が激しく、結果的にうつ症状が出ている可能性はあります。
日常生活が困難になるほどの心身の変化を感じている場合は、病気としての治療を考えて、まずはお近くの心療内科や精神科を受診することが大切です。
TMS治療は、状態によっては治療選択肢の一つになることがあります。
TMS治療をご検討の方へ
当院では、HSPでお困りの方から相談いただくこともあります。
HSPはお伝えしてきたように、病気の概念としてはっきりしておらず、様々な状態が考えられます。
HSPと思われている本質は何かを判断することは、心の診療の経験が大切になります。
TMS治療は、うつ症状を伴っている場合は治療選択肢のひとつとなります。
専門家の手助けが必要だと感じている方は、ご相談ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年5月2日
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