「妊活うつ」と不妊治療のストレス、薬に頼らない治療法とは?
「妊活」とは、子どもを授かるための活動すべてを指して使われています。
「そろそろ子どもがほしいかも…」と考える、夫婦で妊娠出産について話し合う、妊娠出産の知識をつける、医療の力を借りた不妊治療を行う。
人によって、その活動内容や段階は異なります。
妊活を行う期間にも大きな個人差があり、なかなか望む結果にならない方も少なくありません。
「子どもを望んでいるのに授からない」「周りと自分を比べてしまう」などの焦りの中で、主に妊娠出産する側の女性が、心身の調子を崩すケースが多く見受けられます。
治療者として妊活でのメンタル不調の患者さんを多く診療し、私自身も数年間にわたり不妊治療に取り組んできました。
それらの経験を踏まえて、妊活中の女性が発症する可能性のある「妊活うつ」について、特徴と治療法を詳しく解説します。
目次
「妊活うつ」とは?
「妊活うつ」とは、妊活中にうつ病を発症、またはうつ状態になることをさしますが、診断名として「妊活うつ」がつくわけではないのです。
妊活中のストレスをきっかけに、「病的なエネルギーの低下」があれば妊活うつ、うつ症状でとどまれば適応障害などと診断されます。
その原因が妊活にあるため、「妊活うつ」と呼ばれることがあり、「不妊うつ」「不妊ノイローゼ」などとも呼ばれたりします。
妊活中に心身の調子を崩して、いつもの日常生活を送ることが困難になった際に、妊活うつと呼ばれることがあるのです。
妊活うつ・不妊うつ・不妊ノイローゼは、「多くの女性が感じる心身の変化」として、ときに軽く捉えられてしまう場合があります。
しかし、妊活うつとは「うつ病を発症している」「うつ状態になっている」ということであり、治療が必要な状態です。
不調を女性ひとりで、もしくはパートナー同士で抱え込まずに、専門家へ相談することが大切です。
妊活うつの特徴
気分の落ち込みやモチベーションの低下は、多くの方が日常生活で感じています。
しかし、日常生活に支障が出るほどに落ち込んでしまう、または長期的に心身の不調を感じているのなら、医療機関での治療が必要な可能性が高いです。
妊活うつによく見られる症状
実際の患者さんで多かった症状を、具体的にあげてみたいと思います。
- 「楽しい」「うれしい」などの感情を感じない
- あらゆる出来事に興味が持てなくなった
- 妊娠を焦る気持ちがとまらない
- 突然悲しくなり、涙が出てくる
- 「自分なんて」と自己否定したくなる
- パートナーに対してイライラしてしまう
- 他人の幸せを喜べない、自分と比較してしまう
- 妊娠中や産休明けの人を見ると情緒不安定になる
- 眠れない、寝てもすぐに起きてしまう
- 「死にたい」「消えたい」と考える
妊活うつの原因
妊活うつの原因は、一概にひとつに決められるものではありません。
妊活をするまでの経緯や環境、経済面やパートナーとの関係など、多くの要因が絡んでいるためです。
「これが原因なんだ」と無理に自分に当てはめずに、自分にとってなにがストレスの原因になっているのか、じっくり向き合うことが大切です。
妊活うつの原因として多いもの
こちらも、実際の患者さんで多かった原因を具体的にあげていきます。
- 「子どもはいつ?」「孫の顔が見たい」などの親や世間のプレッシャー
- 「女として価値がない」などの思い込みによって、自己否定してしまう
- 周りの妊娠出産報告により、さらに焦ってしまう
- 思い描いていた未来と、現実のギャップ
- 不妊治療による、体の痛みや不快感
- 不妊治療の継続による、経済面への圧迫
- パートナーとの価値観のズレや、意見の不一致によるストレス
妊活うつは未然に防げる?
妊活うつは、決して珍しい症状ではありません。
妊活中のストレスにより心身のバランスを崩す女性は多く、妊活中の不安定さは仕方がないことです。
ストレスを感じて体調が不安定になると、身体は妊娠している場合ではないと判断してしまうので、妊娠の成功率もさがってしまいます。
そして結果がついてこないことが更にストレスとなり、追いつめられてしまう可能性もあります。
大切なのは、妊活中のストレスを上手に解消することです。そのためには、なにより妊活中の焦りを減らしていく必要があります。
妊活中の焦りを減らす方法(例)
多くの患者さんが試行錯誤して、心の持ちようや生活環境の工夫を行っています。
ここでは患者さんが具体的な工夫の例をあげてみます。
- パートナー同士で協力できるように、価値観や意見をすり合わせる時間を作る
- パートナー以外に、自分の気持ちを話せる相手(親、きょうだい、友人、SNSでの交流など)を作る
- 妊活を行う期間をあらかじめ決めて、ゴールを作ってみる
- いったん妊活をストップして、休息期間を作る
- 生活を妊活一色にせず、仕事や遊びなど、妊活以外のことにも目を向ける
- 妊活をしている人や、子どもがいる人との関わりを一時的にやめて、自分と周りを比較しない環境を作る
- 産婦人科の主治医やカウンセラーに話を聞いてもらう
- あるがままを受け入れて、子どものいない生活も考えてみる
将来の焦りを少なくするために、妊娠出産を検討している段階で「採卵(排卵の直前に卵子を体外に取り出す方法)」をしておく方もいます。
不妊治療には、絶対的な正解はありません。
運に左右されることも多く、「これをしたら妊娠する」と言い切れる治療はまだまだ存在しないのが現実です。
だからこそ、自分が安心できる材料を増やす、ストレスを解消する工夫を取り入れることで、心身のバランスを保つことが大切なのです。
妊活うつかな?と思ったら…
妊活中に心身の不調を感じたら、ひとりで抱え込まずに必ず周りに相談しましょう。
うつ病を発症している場合、早期の治療をすることで、回復までの道のりを短縮できます。
産婦人科の主治医に相談する
不妊治療を行っている方は、まずは通院している産婦人科の主治医に相談しましょう。
不妊治療中にうつ状態になる方は少なくないですし、最近は心の病気に対して産婦人科の先生も理解を示してくださることが多いです。
現在行っている治療や、今までの相談内容をふまえながら、適した治療法を提案してくれると思います。
心療内科を受診する
不妊治療を行っていない、または通院している産婦人科で適切な治療を受けられない場合は、自宅から通いやすい心療内科や精神科を受診してみましょう。
うつ病の場合は、気持ちの持ちようでなんとかできるものではありません。
適した治療を受けて、症状の悪化をふせぐようにしましょう。
パートナーに相談する
妊活うつの症状が出てくると、「パートナーに対してイライラしてしまう」「相手に期待できなくなる」「自分だけ苦しいと感じる」などの気持ちになる可能性があります。
妊活では、心身の負担の多くはやはり女性に集中します。
「私ばかり苦労している!」と感じる方は、決して少なくないでしょう。
ただ、妊活はひとりではできません。パートナーとの協力関係が崩れてしまうと、結果的にさらに自分を追い込んでしまいます。
自分が感じている不安を伝えて、妊活についての意見を相手とすり合わせていくことは、心身を安定させるためにも必要と言えるでしょう。
妊活を一時的にストップしてみる
妊活が長期になると、「はやく妊娠しなくちゃ」「ここまでお金もかけたのに」と、妊活のことだけで頭がいっぱいになる方も多いです。
心身の不調が悪化している場合は、一時的でもいいので、妊活を中断することも検討してみましょう。
妊活から離れることで、心身のバランスが戻り、気持ちが安定するケースもあるのです。
妊娠出産以外のことに目を向けるのもいいでしょう。
趣味や仕事に時間を使い、もし「また妊活したいな」と思ったら、再度パートナーと相談してみましょう。
妊活うつの治療法
妊活うつは、医学的な診断名ではありません。治療を行うのは、「うつ病」「うつ状態」と診断された場合です。
まずはしっかり「休む」
うつ病の治療には、休息が必要不可欠です。
妊活中にうつ病を発症した場合は、妊娠出産に関する情報から離れることも重要でしょう。
さまざまな情報を見聞きして気持ちが焦ってしまうと、十分な休息はとれません。
元気になるための準備だと考えて、ゆっくり体と心を休ませるようにしましょう。
必要であればお薬を服用
うつ病の治療は、休息により心身を回復させながら、お薬で症状を緩和させていく流れが基本です。
妊娠への影響の少ないお薬によって、治療をすすめていきます。
ただ、授かる可能性のある子どものことを考えると、服薬に抵抗感を持つ方もいらっしゃいます。
その場合は、精神療法やTMS治療など、お薬を用いない治療を選択することもできます。
カウンセリングを上手に使う
敷居が高いと思われがちなカウンセリングですが、近年は自分の心身の安定のために日常的に取り入れている方もいらっしゃいます。
「専門家に自分の話を聞いてもらう」「ストレスを解消する工夫を専門家と一緒に考えていく」ことは、妊活中の不安や焦りを和らげる手段として有効と言えるでしょう。
ただ、カウンセリングなどの心理療法は、うつ病の程度によっては状態を悪化させてしまう可能性があります。
症状が強く出ている場合は、まずは休息や薬物治療、TMS治療などで状態を回復させるようにしましょう。
薬に頼らないTMS治療
「子どもを授かるかもしれない状態で、薬を飲むのは不安」と感じる方は、TMS治療を受けてみるのもひとつの方法です。
当院でも受けられるTMS治療は、お薬を使用せずに、磁気を通して脳の神経細胞を刺激します。
TMS治療のメリットは、
- 副作用が少ない
- 短期集中的に治療ができる
- 妊娠への影響がない
- 再発予防をしなくても再発率低め
といったことが挙げられます。
デメリットとしては、
- 医療機関によっては高額な治療費が必要
- 短期ではあるが集中的に通院が必要
- 妊娠すると治療中断となる
ことが挙げられます。
また、抗うつ剤は性機能障害が副作用として少なくありません。
このことが妊活に影響することもあります。
その他の治療
薬を用いない治療は、その他にも「運動療法」「光療法」「電気けいれん療法」などが存在します。
どの治療法が適しているかは、診断のもと医師が判断します。
自宅からの通いやすさを加味しながら、まずは医療機関を受診してみましょう。
パートナーの方に伝えたいこと
妊活を行っている女性は、パートナーの方が想像している以上に、さまざまなストレスを感じています。
パートナーが「そんなことで?」と思うことでも、長期的に不妊治療を行っている本人からすれば、許容できないレベルに感じる場合もあるのです。
まずは、自分も妊活をする「当事者」であると理解することが大切です。
男性の立場からすると、当事者としての意識を持ちにくいのは仕方のないことです。
- 治療を受けるのは自分ではないこと
- 子供を養っていくことの経済的な不安
- 現状が変わることの恐さ
- パートナーの変化に対する戸惑い
などがあります。
特にお子さんがいない場合は実感も湧きにくく、女性は出産年齢も気にされるので、スピード感の違いに戸惑うことも多いかと思います。
妊活は、決してひとりではできません。パートナー同士が協力して、お互いを支え合うことがなにより大切です。
そして相手を支えるためには、まずは自分が健康でいなくてはなりません。
「最近なにかおかしい」と感じたら、ぜひ早めに相談してください。
夫婦でカウンセリングを受けられている方もいらっしゃいます。
「妊活」は自分のペースで焦らずに
妊活うつは、周りと自分を比べて、「どうして自分は子どもを授からないんだろう」「こんなにがんばっているのに」と焦る気持ちがきっかけになることが多いです。
努力しているからこそ、理想と現実のギャップに苦しむこともあるでしょう。
ですが、焦ることで事態が好転するケースは、ほとんどないと言っていいでしょう。
妊娠と出産は、医療の力をもってしても、なかなかコントロールすることはできません。
どうか焦らずに、ときには妊活以外のことにも目を向けながら、自分の人生と向き合っていきましょう。
心身の不調が回復しない場合は、医療機関の受診が必要な可能性が高いです。
精神科や心療内科を受診するのは、なにも特別なことではありません。
体と心をケアして、健康な自分に近づくために、医療の力を借りるということです。
ストレスを感じていると妊娠はしにくくなってしまい、悪循環にもなります。
妊娠うつの傾向を感じたら、早めにご相談ください。
TMS治療をご検討の方へ
当院では、体と心の状態を確認しながら、適切な治療法を患者さまに提案しています。
お薬を使用しないTMS治療のご相談も可能です。
状態によっては、漢方から治療を提案させていただく場合もございます。
女医も在籍しておりますので、専門家の手助けが必要だと感じている方は、ぜひお気軽にご相談ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年4月9日
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