60代でうつ病を発症?定年退職がきっかけの「退職うつ」とは?
就業規則で定められた年齢に応じて、雇用契約が終了となる「定年退職」。
かつては60歳定年制が一般的でしたが、2013年4月に65歳まで雇用確保をするよう企業に措置が義務付けられ、2021年4月には就業機会を70歳まで確保するための努力義務が新設されました。
20年、30年、40年。長きにわたり働いてきた方が、定年退職により急に日常の業務から解放される。
長年勤め上げた証として祝福されることの多い定年退職ですが、ガラリと変化した環境によって、退職したご本人に不調が生じる場合もあるのです。
「退職うつ」とも呼ばれる、定年退職後の心身の不調。
今回は、退職うつの原因と予防、また薬に頼らない新しい磁気によるTMS治療を含めて、退職うつの治療法についても詳しく解説します。
目次
そもそも「退職うつ」とはなにか?
退職による環境の変化で生じるうつ状態、またはうつ病のことを、近年「退職うつ」と表すことが増えています。
うつ病とは、
- 気分が落ち込む
- やる気が出ない
- 不安や焦燥感
などの精神症状のほか、
- 眠れない、または起きられない
- 体がだるい、倦怠感が取れない
- 食欲がない、または過食になる
などの身体症状が認められる気分障害のひとつです。
「退職うつ」は、あくまで退職がきっかけとなったうつ病に関して、世間で一般的に呼ばれている表現になります。
うつ病自体は、「病的なエネルギーの低下」が本質で、本来のエネルギーがなくなってしまう状態で診断されます。
ですが、うつ病の要因を考えること自体は、治療を進めるうえで大切です。
長年勤め上げた方が退職によって感じる心身の不調について、この記事で一緒に考えていきましょう。
定年退職後にうつ病になりやすい理由
うつ病が発症する要因は、人によってさまざまです。
医学的にもハッキリとはまだ解明されていないのが現状ですが、ひとつの要因としては環境の変化が考えられます。
自分が過ごしてきた環境が変わることは、例えプラスの変化だとしてもストレスになる可能性があります。
定年退職は、人生の中でもとても大きな変化と言えるでしょう。
定年退職によって感じるストレスとは?
定年退職により身の回りの環境が変化した結果、以下のストレスを感じる方も少なくありません。
ご自身が当てはまる項目がないか、ぜひチェックしてみましょう。
- 定年退職をして、人生の生きがいがわからなくなった
- 人と会う機会が減少して、生活にハリがなくなった
- 働くことで得ていた家庭内の役割が消失して、自分の家なのに居場所がない
- 妻(もしくは夫)と過ごす時間が増えたが、なにを話せばいいのかわからない
- 定年退職後も別の場所で働こうとしたが、希望の仕事が見つからない
- 社内では頼りにされていたのに、定年退職後は頼られる機会が減り、寂しい気持ちになる
- 会社への通勤がなくなったことで生活リズムが崩れて、体にだるさを感じる
60代で発症するうつ病、どんな症状がある?
60代以降のうつ病は、「もう年だし仕方ないか」と周囲に見過ごされてしまう場合があります。
活発さが失われたことを、年齢の影響だと片付けられてしまうのです。
うつ病は、早期治療が回復への近道です。
ご本人が症状に気付いていない場合でも、周りが「おかしいな?」と感じたら、ぜひ医療機関への相談を促してください。
うつ病の症状には個人差がありますが、以下に当てはまるものがあれば、一度医療機関を受診することをおすすめします。
- 寝ようと思っても寝付けない。または、深夜や明け方に目が覚めてしまう
- 食欲がない、または食欲が過度に増加した
- やる気を感じられず、焦燥感や不安感を長期的に感じている
- アルコールやギャンブルなど、仕事がなくなった穴を他で埋めたくなる
- 定年退職してから、「自分にはなにもない」と悲観的な気持ちが止まらない
- 社会に求められていない気がする。「自分はいなくてもいい存在だ」と感じる
仮面認知症とは?「退職うつ」と「認知症」は混同されがち
60代以降のうつ病は、ときに認知症と混同される場合があります。
認知症とは、認知機能が低下し、日常生活に支障が出る状態のことです。
「今までできたことができない」「物忘れが激しくなる」などの点でうつ病と症状が似ています。
このため本来、うつ病の治療をするべき方が認知症と思われて、適切な治療に繋がらない仮面認知症と呼ばれるケースがあるのです。
一概には言えませんが、認知症の場合は物忘れがひどくなったことを認めない方が多いのに対して、うつ病は覚えていないことに対して悲観的になる方が多い印象です。
ただ、家庭内で認知症とうつ病を見分けるのは簡単ではありませんし、うつ症状が認知症のはじまりである可能性もあります。
物忘れが多いなども含めて、体調や気分の変化をご本人、もしくは周囲の方が気付いた際には、まずは医療機関に相談するようにしましょう。
定年退職後のうつ病、どう治療する?
うつ病の治療は、まずは「休息」と「薬物療法」が軸となります。
そのほかに「精神療法」や「TMS治療」などが、お薬を使わない治療選択肢となります。
薬物療法
うつ病の治療で主に用いられるのは、「抗うつ薬」というお薬です。
抗うつ薬にはたくさんの種類があり、その中から副作用の少ない自分に合ったお薬を探していきます。
副作用には個人差がありますが、主な副作用は以下の通りです。
- 日中の眠気
- 吐き気、嘔吐
- めまい、だるさ
- 口の渇き
- 便秘、下痢
- 頭痛
精神療法
医師や心理士と対話しながら、不調の原因や解決法を探っていく治療です。
明確なエビデンスがある治療法としては、「認知行動療法」「対人関係療法」などがあり、とくに再発予防の観点で大切です。
定年退職により人との関わりが減少した方にとって、対話を重ねていく精神療法が負担となることもあります。
症状によっては柔軟に考えていくことが難しい場合もあるため、ある程度心身が回復してから検討するといいでしょう。
医師の診察時も精神療法的なアプローチは行われますが、ひとりの患者さんに確保できる時間には限りがあります。
自分の内面とじっくり向き合う必要がある場合は、保険適用外にはなりますが臨床心理士によるカウンセリングを受けることをおすすめします。
TMS治療
特殊な機器を用いて、磁気を利用して脳をピンポイントで刺激する治療です。
脳の一部のみを刺激するため副作用が少なく、薬物治療の副作用が強い方がTMS治療に変更する場合もあります。
保険適用となり日本国内でも認知度が高まっているTMS治療ですが、保険の適用条件が厳しく、多くの方は自由診療になるでしょう。
TMS治療は認知機能を高める可能性あり
新しいうつ病の治療選択肢として、rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)が2019年より認可されました。
保険診療は制約が大きく、現時点では自由診療での治療が中心となっています。
TMS治療のメリットは、
- 副作用の少なさ
- 治療期間の短さ
- 再発率の低さ
があげられます
その中でも副作用としての認知機能に対する影響は、60代以降の方では関心事項かと思います。
TMS治療では、むしろ認知機能を高める可能性が報告されています。
シーターバースト刺激法がより有効?
特に自由診療でしか実施することができないiTBS(シーターバースト刺激法)では、通常のrTMSよりも認知機能改善効果が大きいことが報告されています。
【加速型磁気刺激法での認知促進の改善】
またうつ病の患者さんでは、前頭前野に対するrTMSが実行機能と注意の面での改善をもたらすことが示唆されています。
【うつ病・統合失調症・アルツハイマー病の認知プロファイルに対する前頭前野rTMSの効果】
とくにiTBSでは、認知プロセスでの脳の自然な発火パターンに近いため、より認知機能への効果が期待されています。
「認知症になりにくくなるのか?」「健康な人の認知機能を高めるか?」などについては、まだまだ十分な知見はありません。
ですが少なくとも、TMS治療は認知機能においてポジティブな影響がありそうだと考えられています。
定年退職後、うつ病にならないために
うつ病の原因は人それぞれで、ストレスの重なりで発症すると考えられています。
どのようなことが直接的な要因となっているか、はっきりと認識できない場合もあります。
ですが、心身の不調を引き起こす可能性を解消していくことで、少しずつ改善につながっていくことがあります。
また定年退職を機に、自身の健康や衰えなどに不安を感じてしまう方もいらっしゃいます。
以下に、定年退職後も安定した心身を保つためのポイントをまとめました。
参考にしつつ、ご自身でも生活に組み込めそうな工夫がないか、ぜひ考えてみましょう。
- 定年退職後も社会との繋がりを作るため、社外に趣味の場を作る
- 体力や免疫力が落ちるのを防ぐため、無理のない範囲で運動を取り入れる
- 現役時代と同じ時間に起床して、生活リズムが崩れないようにする
- 暴飲暴食は控えて、朝昼晩の食事をバランスよくとるよう意識する
- 60代からの人生の目標を定めてみる
個人的なことになりますが、私は野菜を育てるのが好きで、老後は家庭菜園を行いたいと考えています。
以前に農家さんの畑を区画分けされて、共同利用する形で畑をお借りしていましたが、定年退職されたご年配の方から育て方を教わっていました。
イキイキされていたご様子をみていたので、少し回復されてきた患者さんにはプランターなどから、野菜作りをお勧めしたりすることがあります。
個人差はありますが、野菜作りが行動活性化につながり、元気になられた方もいらっしゃいます。
「おかしいな?」と感じた、ご家族の方へ
うつ病を発症したご本人の中には、「自分は病気ではない」と考えてしまうこともあります。
ご本人の判断では受診に繋がらず、ご家族の協力によって治療が進むことも珍しくありません。
- 「なんだか様子がおかしい」
- 「最近眠れていなそうだ」
- 「食欲が落ちているように見える」
第三者の視点から変化を感じたら、ぜひ早めに医療機関に相談してください。
ストレートに「最近おかしいよ」などと言うとご本人の反発を招くおそれがあるので、「最近眠れていないよね。心配だから病院に相談してみよう」「食欲が落ちているように見える、病院で一度見てもらおう」など、心配していることを伝えつつ、ご本人も自覚しやすい身体症状を伝えるといいでしょう。
家庭内に取り入れられる工夫
定年退職によって、「自分の役割を失った」「自分の居場所がない」と不安を感じる方も存在します。
ご本人とご家族が定年退職後の時間を健やかに過ごすためにも、以下の工夫を取り入れてみてもいいでしょう。
- 家庭内で役割を与えて、「この家にはあなたが必要だ」と示す。
電球の交換や洗い物、買い物の同行など、まずは簡単な家事を任せてみる - 夫婦で定年退職後にしたいことを考える。
「これからなにをしたい?」「一緒になにをする?」と相談して、定年後の人生に楽しみを見出す - ご本人も、家庭内の仕事をやりたいと思いつつ、「なにをすればわからない」と戸惑っている可能性もある。
家事のやり方などを夫(もしくは妻)に教えて、成長を気長に見守る - 長時間同じ空間で過ごすことでご家族側も気疲れする場合は、それぞれ別の趣味を始めてみる。
相手が興味を示しそうな習い事や教室があれば、提案してみる
「定年退職後のうつ病」についてのまとめ
今回は、定年退職後に発症するうつ病について、詳しく解説しました。この記事のポイントを、以下にまとめます。
- 「退職うつ」とは、定年退職による環境の変化がきっかけで、うつ状態やうつ病になること
- 医学用語ではないため、「退職うつ」と診断名は付かない
- 定年退職後も社会との繋がりを作るため、趣味や習い事の場を確保する
- 睡眠、食事、運動などを意識して、生活リズムを整える
- うつ病を発症した場合は、基本的には休息と薬物治療で治療を進める
- 薬物治療の副作用が強い場合は、TMS治療も選択肢のひとつ
定年退職は、数十年間過ごしてきた環境が大きく変化する、人生の転機です。
新しい環境をゼロから構築していく、スタート地点とも言えるでしょう。
大きな変化は、心身にも影響を及ぼします。長期的に不調を感じる場合は、ひとりで抱え込まずに、早めに医療機関に相談してください。
早期に治療に繋げることで、回復への道のりも短縮できます。
当院では、お薬を用いた治療はもちろん、副作用の少ないTMS治療もご提案可能です。
治療を受けるご本人にとってTMS治療は適切か、臨床経験が豊富な精神科医が判断します。
心身の困りごとを抱えている方は、ぜひお気軽にご相談ください。
TMS治療をご検討の方へ
当院では通常のお薬による治療だけでなく、薬に頼らないTMS治療を専門チームの下で行っています。
経験豊富な精神科医がお話を伺い、治療選択肢としてTMS治療が適切かどうかをご説明させていただきます。
お薬の副作用を心配されている方は、TMS治療は有効な治療法になる可能性があります。
また認知機能に対してプラスの面も期待できるため、TMS治療は退職後のうつ症状で悩まれている方にとって、よい適応の場合があります。
ぜひお気軽にご相談ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年7月15日
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