TMS治療は怪しい?問題点と誤解を解説
体に負担を与えずに脳にアプローチする治療法として、近年注目を集めている「TMS治療法」。心の病気に対する、新たな治療効果が期待されています。
世界中でエビデンスが蓄積されつつあるTMS治療ですが、日本でも正式な適応が認めれているにも関わらず、その制約の大きさがゆえに、自由診療を中心とした普及となっています。
その中で、営利的なアプローチをとっている医療機関が少なくなく、それゆえに「TMS治療は怪しい」と誤解されてしまうことが、一部の専門家にすらなされてしまう治療法です。
ここではTMS治療を取り巻く問題点と、TMS治療のよくある誤解を解説します。
TMS治療とは?
TMS治療法とは、コイルに電流を流すことで磁場を発生させて、頭蓋骨を超えて脳に直接アプローチしていく治療法です。
ピンポイントに電気刺激をあたえて、脳のネットワークを調節する治療法です。
頻度を変えることで活性化や抑制が可能であり、さまざまなターゲットにアプローチが可能です。
様々な病気に研究が進められていますが、現時点で効果が期待できるとしてコンセンサスが得られているのは、「うつ病」と「強迫性障害」です。
TMS治療の特徴としては、
- 副作用が少ない
- 再発率が低い
- 治療期間が短い
この3つがあげられます。
TMS治療では頭皮痛などが認められることがありますが、たいていの場合が次第に慣れていきます。
抗うつ剤の副作用と比べると、体への影響は少ないと言えるでしょう。
また再発率に関しても、薬物療法と比べるとTMS治療の方が低いことが報告されています。
治療にかかる時間も新しいプロトコールでは短くなっており、病気によっては1日複数回治療することができます。
このため短期集中治療を行うことができ、最短で2~3週間で治療クールが終わらせることが可能です。
TMS治療は怪しい?
結論から述べると、TMS治療の適応疾患に対しては、非常に可能性のある治療選択肢といえます。
適応疾患の治療効果は、
- 寛解:3~5割
- 反応:7割程度
- 3割改善:4~5割
【うつ病】
【強迫性障害】
と言われています。
数字だけ見ると低く感じるかもしれませんが、うつ病患者さんに関しては、「治療抵抗性うつ病」というお薬を用いてもなかなか治らない方を中心とした対象にした治療成績です。
見方を変えると、薬物療法でも寛解しなかった患者さんの半数近くがTMS治療により寛解したと言えます。
強迫性障害に関しても、それ自体がとても難しい病気のため、お薬を用いたとしても3割程度の改善をゴールに治療を進めていきます。
TMS治療により半数近くの患者さんの改善が認められるのは、決して低い数字とは言えないでしょう。
従来の抗うつ剤による治療と比較しても、遜色ないどころか優っている治療実感があります。
ですからTMS治療は、決して「怪しい治療」ではありません。
従来の治療と比べて短期間で治療効果が期待できるため、病気による機会損失を減らすことができる有効な治療といえます。
TMS治療を取り巻く4つの問題
正しく治療を行えば、症状の安定が目指せるTMS治療。
では、なぜ「TMS治療は怪しい」というイメージが、一部で先行してしまっているのでしょうか。
同じ医療者として理解に苦しむことばかりなのですが、一部の医療機関で、TMS治療に関しての以下の問題が見受けられます。
- 過剰な治療効果をアピールしている
- 根拠のない適応疾患
- 高額な治療費を請求される
- 精神科医が診察を行っていない
過剰な治療効果をアピールしている
「TMS治療で8~9割のうつ病患者さんが良くなる!」など、根拠のない治療効果をアピールしている医療機関には注意が必要です。
TMS治療は現在も研究がなされているため、今後の可能性は十分にありますが、現時点ではうつ病の寛解率は5割ほどです。
当院のようなTMS専門チームであったも、残念ながら2~3割の方には治療反応も認められません。
「TMS治療をすればどの病気も治る!」なんてことはあり得ません。
どんな病気でも、患者さんの状態に合わせて、適切な治療法を選ぶことが大切です。
また、「お薬に頼らない治療」など、過剰に薬物療法を否定するクリニックも安心とは言えないでしょう。
薬物療法が必須の患者さんが、断薬を肯定されてTMS治療や謎の自費カウンセリングをすすめられ、月20万近くの負担に耐えられずに当院に転院されたケースなどもあります。
病気によってはTMS治療だけで治療が可能な場合もありますが、なかにはTMS治療で減薬をしながら併用していくことがベストな患者さんもいらっしゃいます。
根拠のない適応疾患
本記事の冒頭でお伝えしたように、TMS治療の適応疾患は現時点では「うつ病」「強迫性障害」です。
これは海外も含めた研究にもとづいた現状ではあるのですが、それを無視して、その他の疾患に対して「TMS治療が効果的!」とアピールするクリニックが見受けられます。
TMS治療の適応疾患ではないのに、効果があるように言われることが多いのは、
- 発達障害
- ADHD(注意欠如多動性障害)
- HSP
- 慢性疲労症候群
- コロナワクチン後遺症
などが目に止まります。
HSPはそもそも病気の概念ですらなく、HSPと感じている方の中には正常範囲から病的まで含めて、様々な要因があります。
TMS治療は安全性が高いため大きく問題にはならないのですが、それをいいことに、藁をもすがる思いの方たちに根拠のないTMS治療を進めているクリニックが存在するのです。
特に発達障害はこだわりが強く、視野が狭くなりがちで、信じ込ませやすいので、そこがターゲットにされています。
「脳の混線」というシンプルですが、専門家からみれば意味不明な言葉を入り口に、TMS治療に誘導していきます。
その手段として、光トポグラフィー検査やQEEG検査などを利用されて科学的な説明がなされます。
ですが脳波検査等で診断できるのであれば、ガイドラインで必須の検査として、全医療機関で導入されるはずです。
発達障害やHSPに対してTMS治療をうたう医療機関には、ご注意ください。
高額な治療費を請求される
日本でも2019年6月に保険適用となったTMS治療ですが、保険条件が厳しく、ご本人が希望しても保険適用となる方は2割にも満たないと言われています。
そのため、現在TMS治療を受けている患者さんのほとんどは、自由診療となっています。
自由診療では、決められた治療方法に縛られずに、欧米の新しいTMS治療(短期集中治療など)が行えます。
メリットもあるのですが、自由度が高いからこそ、クリニックによって治療費に大きな差が出ているのが現状です。
治療内容にもよるのですが、たとえば当院では、現在のTMS治療に対して営利性を求めていないため、最もリーズナブルなiTBS(シータバーストrTMS治療)を行う場合は3,300円~6,600円です。
医療機関の中には、1回20,000円近くのところもあり、「高い≒良い治療」というイメージを持たれる患者さんも少なくありません。
治療水準と金額は関係ありませんが、「安かろう悪かろう」という医療機関も存在します。
精神科医が診察を行っていない
当院では、ご本人がTMS治療を希望されていたとしても、精神科医による診察を必ず行います。
TMS治療が適切な治療法か、患者さんの状態や症状を確認する必要があるからです。
その上で治療選択肢として客観的にご説明させていただき、本人の強い希望がある場合は、同意書をいただいて治療開始します。
このようにしていると、ご相談いただくケースの半数はTMS治療となりません。
当院にも他院から転職されたスタッフもおりますが、ほぼ全例治療導入されていたとのことでした。
ですから、症例数を誇示している医療機関には注意が必要です。
まともにTMS治療を行っていれば、症例数がそこまで多くなるはずがないのです。
精神科医が所属や監修しているようにみせかけて、実は精神科医が診察を行っていない医療機関も存在します。
そういった医療機関ほど、巧妙に経歴や専門性をみせかけており、誇大広告をしているので、見分けるのは困難です。
ですがTMS治療は治療選択肢にすぎませんから、診療経験がなければ正しい判断ができません。
副作用が少なく安全性が高いがゆえに、適当にTMS治療を導入する医療機関があっても問題とならないのです。
TMS治療に関する4つの誤解
薬物療法と比較すると、TMS治療はまだ認知度が高いとは言えません。そのため不誠実な情報により、患者さんが迷ってしまうことが多々あります。
TMS治療に対してのよくある誤解を、下記にまとめました。
子どもにもTMS治療は安全?
実際に「子どもや幼児もTMS治療を行える!」とうたっているクリニックも存在します。
これは断言しますが、脳が未発達な子どもには、TMS治療を行うべきではありません。
表面的な安全性が高くても、リスクが高いと言わざるを得ません。
また子供はじっとしていることも苦手で刺激ポイントもずれてしまいますし、ターゲットの特定方法も、頭の小さなお子さんを想定した手法ではありません。
そもそも、18歳未満に対するTMS治療は、日本精神神経学会が作成した適正使用指針でも認められておらず、学会としても注意喚起がされています。
tDCSの方が効果的?
tDCS(経頭蓋直流電気刺激法)とは、専用の機器を頭皮に装着して、電流により脳にアプローチする方法です。
当院が行っているrTMS療法(反復経頭蓋磁気刺激療法)との違いは、主に以下の通りです。
- tDCS:大脳全体に作用する
- rTMS療法:刺激したい部位にピンポイントで作用する
安全性は高いtDCSですが、ピンポイントで働きかけられるrTMSと比べてメカニズムも異なり、治療効果は明らかに乏しいです。
安価に研究できるために研究報告は一定数ありますが、エビデンスの面でみても十分ではなく、欧米でもうつ病をはじめ、精神疾患に対する治療適応は認められていません。
携帯型TMSでも効果あり?
昨今、携帯型のTMS機器が販売されているようです。「東京横浜TMSクリニック」が販売しているように見せた通販サイトもありました。(抗議により取り下げられました)
携帯型の機器をレンタルしている医療機関もあるようですが、このような機器は非承認のものです。
また、患者さんご自身が使うことも、使い方を間違えると極めて危険です。
当院では、FDA(アメリカ食品医薬品局)の認証を受けたマグプロを使用しています。
簡易的に使用できる携帯型TMSは魅力的に見えるかもしれませんが、安全性や治療効果を考えると、おすすめできません。
TMS治療ではコイルに電流を流すことで熱が発生し、それを冷却するための特殊な水がコイルを循環しています。
このような構造ではじめて治療効果を発揮するため、携帯型ではどう考えても出力が足りず、適切な治療はできません。
TMSよりECTをやればよい
これは専門家中心の誤解になります。
従来から、どうしても良くならないときの最後の切り札として、ECT(電気けいれん療法)がありました。
私も治療に従事していましたが、その効果は絶大です。
ですから専門家としては、TMSみたいな中途半端なことを高いお金かけて行うなら、ECTやった方が良いのではないかというイメージがあります。
ですがTMSにはTMSの、ECTにはECTのメリットがあります。
例えばうつ病であれば、妄想性のうつであればECTですが、中等度のうつであればそこまで行う必要はなく、TMSで十分に改善が期待できます。
患者さんにとって電気けいれん療法は、怖いイメージもあります。
TMSは非侵襲的なので、社会生活を維持しながら治療を行いやすいというメリットがあります。
当院の場合は、「10~15万で1~2か月以内に5割くらい寛解する」、それに価値を感じる方に受けていただいています。
安心してTMS治療を受けるために
TMS治療は、まだまだ認知度を高めている途中段階と言えます。
医療機関であっても、不正確な情報発信をしているところもあり、患者さんが信頼度の低い情報に触れてしまうこともあるでしょう。
東京横浜TMSクリニックでは、TMS治療に関する正しい情報をこれからも発信していき、適切な治療選択肢として普及することを願っています。
当院では、TMS治療以外の方法も視野にいれて、患者さんの治療計画を組み立てていきます。
個別の治療相談は、お近くの方はご受診を、遠方の方は無料電話相談をご利用ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2023年5月26日
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